2011年12月28日水曜日

松井紫郎 亀がアキレスに言ったこと

今年夏、2011年6月11日から8月28日まで、豊田市美術館で松井紫郎さんの「亀がアキレスに言ったこと 新しい世界の測定法」という展覧会が行われました。
展覧会は、大きな青いチューブを1階から2階にかけて設置して人がその中に入れるようにした作品や、シリコンラバーを壁にグニャッと置いた作品など、材料にこだわった作品が多く楽しめたのですが、今日はそっちではなく、タイトルの「亀がアキレスに言ったこと」にこだわってみます。

亀とアキレスというと、ギリシャのゼノンのパラドックスを思い出します。これは亀とアキレスが競争をする話で、亀がハンディキャップをもらってアキレスより前からスタートすると、アキレスは絶対亀に追いつけないというものです。その理由は、アキレスが亀が元いた位置にたどり着いた時には、亀はより先に進んでしまっている、つぎにアキレスが亀の行った所まで行くと、亀はさらに進んでしまっている、故にいつまでたっても亀はアキレスに追いつかないという話です。有限の距離を無限に分割できるということに気がつかないと、確かに「アキレスは亀に追いつかない」になってしまうわけです。

でも松井紫郎さんがつかっているのは、直接この話ではありません。この話をもとに、不思議の国のアリスで有名なルイス・キャロルが作った「亀がアキレスに言ったこと」のほうです。ルイス・キャロルは1895年にMIND誌にこの対話編を書いています。この話は、昔の文書の翻訳を無償でWEBで提供しているプロジェクト杉田玄白のなかに、全文が日本語で載っていますので、興味がある方は「亀がアキレスに言ったこと」でGoogle検索してみてください。
内容は、亀がアキレスに論争をしかけて、無限背進に誘い込むというものです。


A:同一のものに等しいものはお互いに等しい。
B:三角形の二つの辺は同一のものに等しい。
Z:この三角形の二つの辺はお互いに等しい。
普通はこれで「そうだね」になりそうですが、もしも亀がこれを認めず、アキレスが説得しようとすると、


A:同一のものに等しいものはお互いに等しい。
B:三角形の二つの辺は同一のものに等しい。

C:もしAとBが真ならば、Zも真でなくてはならない。
Z:この三角形の二つの辺はお互いに等しい。
となります。これも亀が認めないと、アキレスは、


A:同一のものに等しいものはお互いに等しい。
B:三角形の二つの辺は同一のものに等しい。

C:もしAとBが真ならば、Zも真でなくてはならない。
D:もしAとBとCが真ならば、Zも真でなければならない。
Z:この三角形の二つの辺はお互いに等しい。
これも亀が認めないと、アキレスは無限に前提を付け加えなければいけなくなるというもの。これは論理学の基本をつきつめるとどうなるかということで、いろいろな哲学者も言及しているらしく、なかなか奥が深い問題らしいです。

それでは、なぜ松井紫郎が展覧会のタイトルに、「亀がアキレスに言ったこと」を使ったのでしょうか。ここは展覧会図録にある豊田市美術館学芸員「つづくまさとし」氏の解説を見てみましょう。「キャロルの対話劇では、ついにアキレスに追いつかれたカメが、新たな命題を吹っ掛け、アキレスを更なる無限パラドクスへ追いやる、という実にユニークなストーリーが展開されている。カメは、ゼノンの無限パラドクスを引き継ぐかたちで新たな無限パラドクスを生み出し、再び、アキレスを深い思索の旅へと送り込んだのである。同じように松井紫郎は、この展覧会において、先達たちが切り拓いてきた成果に学んだ独自の造形表現を通じて、新たな時空概念の謎へと我々を連れ出そうとしているのかもしれない。」

というわけで、松井紫郎という亀さんは、なかなか楽しい造形表現の迷宮と、論理学の迷宮に、私を連れ込んでくれました。







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